第14話|メシアの前触れ【はじまりに還る路】

小説

第二章 西暦二十九年

第一節 春

第一項 メシアの前触れ

時は西暦二十九年である。
初代アウグストゥスに続く第二代皇帝、ティベリウス帝の治世、第十五年。
イエスたち一家が暮らすナザレが属するガリラヤ地方はヘロデ・アンテパスが領地を治め、
ユダヤではポンテオ・ピラトが総督としてローマの権威を振るい、
ガリラヤ地方の北東に位置するイツリアとテラコニテ地方はフィリポが治め、
さらにその北方の地をルサニアが治めていた。

イエスが少年時代に大祭司であったアンナスはすでにその座から解任され、その職責は娘婿のカヤファへと移っていた。
しかしアンナスの影は、なお神殿の奥深くにとどまっており、大祭司という公式の称号を持たなくなった後も、名誉大祭司またユダヤ教の聖職者階級の有力な発言者として大きな力と影響力を行使し続けた。ユダヤの宗教権力は、事実上この二人の手に握られていたのである。

ユダヤの民は、すでに幾世代にもわたって異邦人の支配に苦しんできた。
バビロン、ペルシア、ギリシア、そして今はローマ。
「いつになれば、救い主が現れるのか……」
人々はそうささやき合いながら、政治的な解放者を待ち望んでいた。

――その頃。

ゼカリヤの子ヨハネは、ユダヤの山地の東、荒れた傾斜地に身を置いていた。岩と砂ばかりの、不毛の荒野である。
ある朝、冷たい風が谷を吹き抜けた。
ヨハネは目を閉じ、じっと立ち尽くす。「主よ……あなたは何を望まれるのですか。」
そのときであった。
荒野の静寂を破るように、神の言葉が彼に臨んだ。
季節は春。
ニサンの月、今でいう四月の初め頃。
ヨハネは三十歳になっていた。
レビの家に生まれた者が、神殿で奉仕を始める年齢である。
しかし彼に与えられた務めは、石造りの神殿ではなかった。
荒野で叫ぶことであった。
ついに遣わされるときが来たのだ。主の前に先立って行き、その道を整えるために。

彼は光ではない。光について証しするために来た。
すべての人を照らす真の光が、世に来ようとしていた。

ヨハネはヨルダン川一帯を巡った。死海の北から西岸にかけて、人々の集まるところへと足を運ぶ。
川辺に立ち、彼は声を張り上げた。
「悔い改めなさい。天の王国は近づいた。」その声は人々の注目を集めた。
「まもなく、その統治者となられる方が現れる。」

とうとうメシアが到来するのだ!群衆の期待は高まる。
ヨハネはイエスについて証言し、罪の赦しを求める悔い改めのしるしとして、人々にバプテスマを授けた。

さて、ヨハネはラクダの毛の衣をまとい、腰に革の帯を締めていた。その姿は、かつての預言者エリヤを思わせる。
そして食べる物といえばバッタと野生の蜂蜜だった。
やがて、エルサレムからも、ユダヤ全土からも、人々がヨルダン川へ押し寄せた。罪を告白し、水に身を沈め、ヨハネからバプテスマを受けていた。
その中には、大勢のパリサイ派とサドカイ派の人々もいた。
その姿を見つけると、ヨハネは声を鋭くした。

「毒蛇どもの子孫よ、だれがあなたがたに、来ようとしている怒りから逃げるようにと示したのですか。
それゆえ、悔い改めにふさわしい実を作り出してください。また、心の中で『われわれはアブラハムを父として持っている』と思わないことです。
というのは、神〈ὁ θεός〉はこれらの石からでも、アブラハムのために子どもたちを起こすことができるからです。すでに斧は木々の根元に置かれています。良い実を作らないすべての木は切り倒され、火の中へ投げ込まれるのです。」

群衆が尋ねる。「では、私たちはどうすればよいのですか。」
ヨハネは答えた。「衣を二枚持つ人は、一枚も持っていない人と分け合いなさい。食べ物を持っている人も同様です。」
バプテスマを受けに来た徴税人が進み出た。
「先生、私たちは?」
「決められた以上を取り立ててはなりません。」
兵士たちも尋ねる。
「私たちはどうすれば?」
「だれからもお金をゆすり取ってはなりません。自分の給料で満足してください。」

川辺には、期待が満ちていた。
――もしかして、この人がキリストなのではないか。
三十年前、羊飼いたちが聞いたという天使の知らせを思い出す者もいた。
民は胸の奥で問い続けていた。

さて、ここに二人の若者がいた。
春のやわらかな風がガリラヤ湖の水面を揺らす。岸辺では野の花が咲き始め、遠くの丘はうっすらと緑に色づいている。網を引き上げながら、ゼベダイの子ヨハネは、最近聞こえてきた噂に思いを馳せていた。
ヨルダン川の荒野で、バプテスマのヨハネという預言者が現れ、人々に悔い改めを説いているというのだ。

舟の向こうで網を整えていた漁師仲間のアンデレが言った。
「聞いたか? あのヨハネのこと。荒野で人々にバプテスマを授けているらしい。」
ヨハネはうなずいた。
二人は日頃から、会堂で聞く預言の言葉について熱心に語り合ってきた。
「預言書に書いてあるだろう。主の前に道を備える者が現れるって……もしかしたら、その人かもしれないな。」
アンデレは網をたぐり寄せながら続けた。「もしそうなら、その人はメシアのことも語るはずだ。」
ヨハネはしばらく黙って水面を見つめていた。

メシア――その言葉を聞くと、いつも思い出す人がいる。ナザレに住むいとこのイエスだ。叔母のマリアから、イエスが生まれた時の不思議な出来事を聞いたことがある。天使の知らせ、羊飼いたちの証言――。母のサロメも、イエスこそ約束の方ではないかと、どこか確信しているようだった。

だがヨハネには、どうしても腑に落ちないところがあった。
彼の知っているイエスは、静かな大工のような人で、民が期待する王のようなメシアには見えなかったからだ。

「……アンデレ。」ヨハネはゆっくり口を開いた。
「もし、その荒野の預言者ヨハネが本当に道を備える者なら、メシアのことを知っているはずだ。」
アンデレはすぐに頷いた。
「行ってみよう。自分たちの目と耳で確かめたい。」

その日の漁を終え、夕暮れのころヨハネが家に戻ると、母のサロメが食事の支度をしていた。春の夕風が戸口から入り、干してある網を揺らしている。ヨハネが荒野の預言者の話をすると、サロメは静かに頷いた。
「行ってみるといいわ。」彼女は言った。「そのヨハネはね、マリアと私の親戚の家の子。あなたたちにとっても縁のある人なのよ。」
ヨハネは少し驚いた顔をした。「そうだったのか。」
サロメはやさしく微笑んだ。
「もしかしたら、神様が何かを始めておられるのかもしれないわね。」

外では、春の夜の湖が静かに広がっていた。ヨハネはその闇の向こう、遠く南の荒野へ思いを向けながら、やがて静かに決心した。
自分の目で確かめに行こう――と。
こうして、ガリラヤ地方の二人の若者、漁師のヨハネとアンデレは、バプテストのヨハネの弟子となった。

バプテストのヨハネは、なおも多くのことを説き勧め、民に良い知らせを告げ続けた。それは、神の子イエス・キリストについての良い知らせであった。

ゼベダイの子ヨハネ―後のイエスの弟子使徒ヨハネは、晩年このように述懐している。
わたしたちは皆、彼の満ちあふれる豊かさの中で、この上なく惜しみない親切を受けたのである。
律法はモーセを通して与えられた。
しかし、惜しみない親切と真理は、イエス・キリストを通して現実となった。
これまで神〈θεός〉を見た者はいない。
だが、父の懐にいる、神のような独り子が、その方を明らかにしたのである。

預言者マラキは語った。
「見よ、あなたがたが求めている主、あなたがたが喜んでいる契約の使者が――見よ、彼は来る。
だれが、彼の来る日の中で耐えうるのか。だれが、彼が現れるとき立ち続けるのか。
なぜなら彼は、精錬する者の火のようであり、また、洗う者たちの灰汁のようだからである。」と。

あなたがたは本当に求めているのか。その方が来るとき、立ち得るのか。
光を求めると言いながら、光が来るとき、それを受け入れるのか。主を待ち望むと言いながら・・・・・。

契約の使者は来る。
しかしそれは、慰めだけではない。照らし、あらわにし、精錬する光でもある。

挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。

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