第三章 西暦三十年
第二節 秋
第三項 闇より昇る光 ― 公宣教始まる
場所 ガリラヤ地方 カナ・ナザレ・カペルナウム
苦しみの中にある地には、もはや暗黒はない。
初めの時には、ゼブルンの地とナフタリの地は軽んじられていた。
しかし後の時には、
海沿いの道、ヨルダンの向こう側、
異邦人のガリラヤは栄光あるものとされた。
闇の中を歩いていた民は、大いなる光を見た。
死の陰の地に住んでいた者たちの上に、光が輝いた。
〜イザヤ九章一、二節~
「もうすぐガリラヤだ!懐かしいなぁ。」
「過越祭のために家を出発して以来だな。しかし、ユダヤでは色々あったなぁ。」
「大勢の人が、悔い改めのバプテスマを受けに来たしな。」
「ユダヤでの日々を思うと、こちらでの人々の反応が楽しみだ。なんせ、イエスにとっても故郷なんだからな!」
「ずいぶん楽しそうですね。」とイエスは言った。「しかし預言者は自分の故郷では敬われないものなのですよ。」
一行がガリラヤに着くと、道を進むにつれ、行き交う人々がざわめきだした。
「おい、あの人だろ?。」
「ああ、祭りの時エルサレムで見た……あの時、色々な奇跡をおこしていた人じゃないか??。」
人々の中には、祭りの際にイエスがした”しるし”を見た者もおり、次々とイエスを迎えに出てきたのだ。
ペテロが周りを見回して、にやっと笑う。
「なあ、先生。もう有名人じゃねえか。」
そのとき、イエスが静かに口を開いた。
「定められた時が来ました。予告されていた、人々が良い知らせに信仰を持つ機会がおとずれたのです。」
弟子たちは思わず顔を見合わせる。「……いよいよか。」
ヨハネは強くうなずいた。「ああ、始まる。」
その時から、イエスはここガリラヤで伝道を開始し、神の良い知らせを伝えて、こう言い始めた。
「神の天の王国は近づきました。
悔い改めて、良い知らせに信仰を持ちなさい。」
その言葉には、ただの教師とは違う重みがあった。
ペテロが思わずつぶやく。「……本当に、王みてえだな。」
他の弟子たち、いやその場に居合わせた誰もが感じずにはいられなかった。
「まさに“選ばれた王”がここにいる……。」と。
バプテスマを受けてから、イエスは霊の力のうちにガリラヤに帰ってきた。
どの会堂でも人が集まり、イエスの良い評判は周囲の地方一帯に広まった。
アンデレが穏やかに言う。「みんな、先生の言葉を待ってる。」
フィリポがうなずく。「ただの興味じゃない。……みんな、先生がまるで権威ある人であるかのように敬ってる。」
さて、イエスは再びカナを訪れた。かつて水をぶどう酒に変えたあの場所である。
そのころ、カペルナウムにはヘロデ・アンテパス王に仕える役人がいて、その息子が重い病にかかり、死にかけていた。役人は、イエスがユダヤからガリラヤに来たと聞くと、カナまで出向き、どうか来て息子を癒やしてほしいと願い出た。
しかしイエスは言った。「あなた方は奇跡や不思議なことを見なければ、決して信じません。」
それでも役人は願い続けた。「主よ、私の子供が死なないうちに来てください。」
するとイエスは言った。「行きなさい。息子さんは治ります。」
役人はその言葉を信じ、そのまま帰っていった。
その途中、家から来た者たちが、息子が治ったと知らせた。役人が時刻を確かめると、「昨日の午後1時ごろに熱が下がりました。」という。それはまさに、イエスが「治ります。」と言ったその時であった。
こうして役人とその家の人たちは皆、信じるようになった。
これは、イエスがユダヤからガリラヤに来たときに行った、二番目のしるしである。
その後イエスは自分が育った土地ナザレに帰ることにし、弟子たちも帰途についた。ナタナエルはここカナに残り、ヨハネとアンデレそしてペテロはカペルナウムへ、フィリポはその先のベツサイダへとそれぞれの家路に向かった。
さて、イエスは郷里ナザレに着くと、安息日のいつもの習慣どおり、会堂に入り、朗読のために立ち上がった。
預言者イザヤの巻物が手渡される。
それは長さおよそ七メートルほどもある帯状の書物で、両端から巻きながら読み進めていくものであった。
現代の書物のように「章」や「節」といった目印はなく、読みたい箇所を探すのは決して容易ではない。
「どこを読むつもりだ……?」と、周りの人々が静かに見守る中――
イエスは慣れた手つきで巻物を開き、目的の箇所を見つけ出した。
そして、こう書かれているところを読み始めた。
「主〈κύριος〉の霊が私の上にある。
そのゆえに、彼は私に油を注がれた。
貧しい者に福音を告げ知らせるためである。
彼は私を遣わされた。
捕らわれている人々に解放を宣言するために。
そして、目の見えない人々には視力の回復を。
打ち砕かれた人々を、解放のうちに送り出すために。
そして、主〈κύριος〉の恵みの年を告げ知らせるためである。」
それは預言者イザヤの言葉――イザヤ書六十一章一、二節であった。
イエスは朗読を終えると、巻物を巻き、係の人に返してから静かに腰を下ろした。
会堂にいたすべての人の目が、じっとイエスに注がれる。
重い沈黙の中で、イエスは語り始めた。
「皆さんがいま聞いたこの聖句は、今日、実現しています。」
人々は思わず顔を見合わせた。その言葉には不思議な力があり、心を引きつけられる。
「……すごい……。」
「こんな語り方、聞いたことがない……。」
誰もがその口から出る魅力ある言葉に驚き、思わず好意的に語り始めていた。
――だが、同時に別の思いが頭をよぎる。
「……いや、待て。」
「あれは……ヨセフの子じゃないか?。」
さっきまで感じていた高揚が、少しずつ揺らぎ始める。
「確かにすごい……でも、そんなはずがあるのか?。」
「俺たちはあの人を知っているはずだ……。」
引き寄せられる思いと、受け入れきれない思い。
その二つがぶつかり合い、会堂の中には、不穏な空気が流れ始めた。
するとイエスは、その心を見抜くように言った。
「きっと皆さんは、『医者よ、自分を治せ』という言葉を私に当てはめて、こう言うでしょう。
『カペルナウムでなされたことを聞いた。それを郷里のここでも行え』と。」
そして続けて言った。
「はっきり言います。預言者は郷里では受け入れられません。
実例を挙げましょう。エリヤの時代、三年半にわたって雨が降らず、大飢饉が全土を襲いました。イスラエルにはやもめが大勢いましたが、エリヤはその誰のもとにも遣わされず、シドンのザレパテにいた一人のやもめのところにだけ遣わされました。
また、預言者エリシャの時には、イスラエルに重い皮膚病の人が大勢いましたが、そのうちの一人も癒やされず、シリア人ナアマンだけが癒やされました。」
その言葉を聞いた瞬間、空気が一変した。
「何だと……?。」
「よそ者の方が選ばれるとでも言うのか!。」
会堂にいた人々は怒りでいっぱいになった。
彼らは立ち上がり、イエスを町の外へと追い立てる。
そして町が建っている山の崖まで連れていき、突き落とそうとした。
しかし――
イエスは彼らの真ん中を静かに通り抜け、そのまま進んでいった。
それからイエスはナザレを去ることにし、ゼブルンとナフタリの地域へと向かった。
冬の気配が濃くなり始めたキスレウの月中旬ごろ、現代の暦で十二月上旬――冷たい風がガリラヤ湖の水面を揺らしている。
やがてイエスは、湖のほとりの町カペルナウムに着いた。そこには、ペテロやヨハネたちの拠点がある。
イエスは、このカペルナウムに住み、安息日になると会堂で教え始めた。
人々は次第に集まり、その言葉に耳を傾けていく。
――それは、預言者イザヤによって語られていたことの実現でもあった。
「ゼブルンの地とナフタリの地、
海沿いの道、ヨルダンの向こう側、異邦人のガリラヤ。
闇の中に座っていた民は、大いなる光を見た。
死の陰の地に座っていた者たちの上に、光が昇った。」
本作に引用されている聖書の言葉・表現の着想は、King James Version(1769)、 SBL Greek New Testament(© Society of Biblical Literature, CC-BY 4.0)およびWestminster Leningrad Codex をもとにしており、翻訳補助に Google 翻訳等の機械翻訳ツールを使用しています。
挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。
© 2026 Yurika Shiohara
Text and illustrations
by Yurika Shiohara

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