第17話|イエスの最初の弟子たち【はじまりに還る路】

小説

第二章 西暦二十九年

第三節 冬

第一項 イエスの最初の弟子たち

イエスがバプテスマを受けてから、二か月ほどが過ぎていた。

時はキスレウの中旬――今で言えば十一月下旬から十二月上旬。雨の日が増え、遠くの山々の頂にはうっすらと雪が白く残っている。
ヨハネは変わらず、ヨルダン川の向こうのベタニヤにいた。

悔い改めを求めて、今日もまた多くの者がその岸辺に集まっていた。
川の水は冷たく、足を入れた途端思わず身をすくめる。しかしバプテスマを受けにくる人々の足は途絶えない。

ある日、エルサレムから遣わされた一団がやって来た。
祭司とレビ族の者たちである。群衆をかき分けながらヨハネの前に立つと、代表の男が口を開いた。
「あなたは……誰なのですか。」
ヨハネは率直に答えた。「私はキリストではありません。」
男たちは顔を見合わせた。別の者が続けて尋ねる。
「では何者です。まさか――エリヤですか?預言ではエホバの大いなる日が来る前に、エリヤが再び現れると言われていますが。」
ヨハネは静かに首を振った。
「違います。」
さらに別の者が続ける。「では、あなたは、かつて神がモーセに対して『私は彼らのために兄弟たちの中からあなたのような預言者を立てる。』と言われた待望の例の預言者ですか。」
ヨハネは再び首を横に振った。「違います」
使者たちは少し苛立った様子で言った。「では、あなたは誰なのですか。私たちはエルサレムに戻って報告をしなければならない。あなた自身は何者だと言うのですか。」
ヨハネは静かに言った。
「私は――荒野で叫ぶ声です。」
ヨハネは続けた。「預言者イザヤが言った通り、『主〈κύριος〉の道をまっすぐにせよ』と呼ばわる声です。」

その使者たちは、パリサイ派から遣わされた者たちだった。彼らはなおも問いを重ねた。
「では、これはどういうことですか。あなたはキリストでも、エリヤでも、待望の例の預言者でもない。それなのに、なぜバプテスマを施しているのですか。」
ヨハネはヨルダン川の水面に目をやった。
「私は確かに、あなた方に水の中で、悔い改めへとバプテスマを施しています。」そして群衆の方へ目を向け、さらに呼ばわった。
「しかし――あなた方の間に、あなた方の知らない方がいます。その方は、私の後から来ます。だが私よりも強く、私よりも優れた方です。私よりも先に存在したからです。」そしてきっぱりと言った。
「私は、その方のサンダルのひもをほどくことさえ値しません」

ヨハネはさらに声を張り上げた。
「私は水でバプテスマを施します。しかしその方は、聖なる霊と火で、あなたたちにバプテスマを施します!」
群衆が静まり返る。ヨハネは手を大きく振った。
「その方はシャベルを手にしています。脱穀場をすっかりきれいにし、小麦は倉に集めます。だが――」
一瞬、言葉を区切る。
「もみ殻は、消えない火で焼き払うのです。」

次の日のことである。
ヨハネはヨルダン川のほとりに立ち、群衆の向こうから歩いて来る一人の人物に目を留めた。
男はやせ細っており、頬はこけ、頬骨がくっきりと浮き出ている。
長い旅路を歩いてきた者のように衣は砂にまみれ、足取りもどこか重い。
しかし、その目だけは、不思議なほど澄みきっていた。

その姿を見て、ヨハネは声を上げた。
「見なさい。あの方です。人類の罪を取り去る、神の子羊です!」
人々視線が一気にその男に集まる。ヨハネは続けた。
「まさに私が言っていた方です。『私の後から来る方がいる。私より優れた方である。私より先に存在したからである』と。」
ヨハネは少し声を落とした。
「実を言うと、私も最初はこの方を知りませんでした。もちろん、顔を知らなかったという意味ではありません。しかし、この方が神の遣わされたお方だとは分からなかったのです。」

群衆は静まり返って聞いている。ヨハネは続けた。
「私は、神にこう命じられました。『イスラエルの人々に水でバプテスマを授けなさい』と。」
ヨハネはゆっくりと言葉を続ける。
「そして、こうも言われました。
『霊が天から降り、その人の上にとどまるのを見るなら、その人こそ聖霊でバプテスマを授ける者である』と。
しかし――いつ起きるのか、どのように起きるのか、誰に起きるのか――それは私にも知らされていませんでした。」

群衆はヨハネの証言に聞き入っていた。
(どういう意味だ?)(聖霊でバプテスマ?)(ヨハネよりもさらに大きな預言者なのか?)意味は完全には分からないが、ものすごい人物が来るらしいと感じとっていた。

ヨハネはヨルダン川の水面を指さした。「だから私は、ここでバプテスマを授け続けていたのです。神が約束されたその方が現れるのを待ちながら。」そしてその男――イエスの方を見た。

「この方が私のもとに来てバプテスマを望まれたとき、私は戸惑いました。悔い改めのしるしであるこのバプテスマを、この方が受けるなど……と。むしろ、私こそこの方から受けるべきだと思ったのです。」
イエスは、優しい眼差しでヨハネを見返えす。ヨハネは続けた。
「そして私は見ました。霊が鳩のように天から降り、この方の上にとどまるのを。」
ヨハネは確信を込めて言い放った。
「それで分かったのです。この方こそ、そのお方だと。」

また次の日、ヨハネは弟子二人と共に立っていた。ゼベダイの子ヨハネと、その漁師仲間のアンデレである。
そこへ、向こうからイエスが歩いて来るのが見えた。どこかへ向かっている様子である。
すかさず、バプテストのヨハネが言った。

「見なさい。神の子羊です!」

ゼベダイの子ヨハネにとって、イエスはまったく見知らぬものではなかった。イエスとは親族で、幼いころからその存在を知っていたからである。だが今、師であるバプテストのヨハネが、そのイエスを特別な方として指し示している。
二人は顔を見合わせた。
これまで、二人ともヘブライ語聖書に記されたメシアつまりキリストの預言を常々学び、考えてきた。
イエスと接してきて、彼らの胸の奥に、「この方かもしれない」という思いがないでもなかったのである。
そしてイエスの後について行った。

やがてイエスは振り向いた。後ろから二人がついて来るのを見ると、穏やかに尋ねた。
「何を求めているのですか」
二人は少しためらいながら答えた。
「ラビ――先生。どこに滞在しておられるのですか」
イエスは言った。「来なさい。そうすれば分かります」
二人はその後について行った。

一行はヨルダン川を渡り、オアシスの町エリコのそばを通って北へ向かう街道に入った。道は渓谷の西側のゆるやかな段丘に沿って続き、右手にはヨルダンの低い平地が広がり、左手には荒れた丘陵が連なっている。

エリコからさらに進んだ農村に着くころには、日はすでに西の丘に傾いていた。冬に近い季節で日暮れは早く、夕方になると丘の影が渓谷へ長く伸びていく。
やがて一行はその村に入り、イエスの滞在している家を訪ねた。午後四時ごろのことであった。乾いた大地は赤い光に染まり、あたりは静かな夕暮れに包まれていった。二人はそのままそこにとどまり、その日はイエスと共に過ごした。

二人のうちの一人アンデレであるが、彼にはシモンという弟がおり、父の名はヨナ、あるいはヨハネという。
ガリラヤ湖の北岸の町ベツサイダ出身であるが、やがて、そこより少し西に位置するカペルナウムに移り住み、弟のシモンと共に漁師として生計を立てていた。
弟のシモンには妻がおり、妻の母も彼の家に住んでいた。そして、アンデレもそこに一緒に暮らしていた。
もう一人の人物、ゼベダイの子ヨハネはカペルナウム出身で、ヤコブという兄がいる。アンデレやペテロとは同じ漁師仲間であり、よく一緒に組んで湖で網を打っていた。

アンデレは夜が明けるとすぐに弟のシモンを探しに行った。弟もまた、この地方に滞在していたからである。
見つけると、興奮した声で言った。
「シモン!」
「どうした、兄さん」
「見つけたんだ」
「何を?」
アンデレは声を高めた。「メシア(「キリスト」という意味)だ。私たちはメシアを見つけた。」

そしてシモンをイエスのもとへ連れて行った。
イエスは彼を見ると、しばらくその顔を見つめて言った。
「あなたはヨハネの子シモンですね。これからは、ケファ(「ペテロ」と訳される)と呼ばれます。」
こうして、ここにペテロも加わり共に過ごした。彼らは律法と預言者の言葉を思い起こしながら、イスラエルが待ち望んできたメシアについて語り合った。やがて、三人はイエスに言った。「先生、私たちはあなたと共に歩みます。」

次の日、イエスはガリラヤに向かおうとした。三日後にガリラヤのカナという町で結婚の披露宴があり、イエスと弟子たちも披露宴に招かれていたのである。カナはイエスの郷里ナザレより北に約十三kmほどの所に位置した町で、徒歩で三時間ほどの近くの町である。イエスにとってもなじみ深い町だ。

しかし、一行が出発したここヨルダン川の向こうのベタニヤからガリラヤのカナまでは約百三十㎞ある。
ベタニヤから、イエスについてきて二十五kmほど歩いてきたので、ここイエスの滞在地からカナまでは、百五㎞ほどの道のりだ。
「三日後か・・・一日に三十五kmほど歩かなければならない。ま、昼も夕方も歩き続ければ、たどり着けるな。」
一行は北へ急いだ。

その道中、ヨハネが前を指さした。
「あれ……フィリポじゃない?」見ると、「あ、本当だ。フィリポだ。」アンデレとペテロも気づいた。フィリポの郷里はアンデレとペテロの出身地のベツサイダである。イエスは歩み寄り、彼に言った。
「フィリポ。よかったら、私の弟子になりませんか」
フィリポは一瞬驚いたように目を見開いた。しかしすぐにその顔に思い出したような笑みが浮かんだ。彼は以前、ガリラヤで何度かこの人を見かけたことがあったのである。
「あなたでしたか……」フィリポはうなずいた。「私は、あなたのことが、ずっと気になっていたのです。」

その日、そして次の日も、一行はさらに北へ旅を続けた。ヨルダン渓谷の道は長く、乾いた風が吹き抜けていた。

旅も三日目に入り、皆いくらか疲れが見えていた。
しかし、丘陵を越えてガリラヤの村々が見え始めると、空気はどこかやわらいだ。
「もうすぐカナだ」フィリポが言った。
午後になり、一行はようやく目的の村に入った。石造りの家々のあいだから、炊事の煙が静かに上がっている。
「ちょっと、先に行っていてくれ」落ち着かない様子でフィリポが言った。
フィリポは辺りを見回し、やがて一人の男を見つけて駆け寄った。
「ナタナエル!」
「フィリポ? どうした、こんな所で」

男は振り向いた。彼はバルトロマイと呼ばれることもあり、ここ、ガリラヤのカナの出身である。フィリポは息を整えながら言った。「見つけたんだ!モーセの律法と預言者の書に記されている、あの方を。ヨセフの子で、ナザレから来たイエスだ。」
ナタナエルは眉をひそめた。
「ナザレ? ナザレから、何か良いものが出るだろうか」
フィリポは少し笑った。長い道のりを歩いてきて疲れてはいるが、喜びの方が勝った顔だった。
「俺も最初はそう思ったさ。でも――」
彼は自分が来た道のりを振り返って言った。
「来れば分かる」

ナタナエルがやって来るのを見て、イエスは周りの人に言った。「見なさい、まさにイスラエル人、心に偽りがない人です。」
イスラエルとは、祖先ヤコブに与えられた名である。ヤコブはかつて神の使いと夜通し格闘し、祝福を得るまで決して離さなかったという。イエスは彼の中に神と真剣に向き合い、神に対して粘り強く求め続ける性質を見て取ったのだ。
突然そう言われて、ナタナエルは驚いた。そしてイエスに尋ねた。
「どうして私のことを知っているのですか。」
イエスは答えた。「フィリポがあなたを呼ぶ前に、あなたがイチジクの木の下にいるのを見ました。」
その言葉を聞いた瞬間、ナタナエルの表情が変わった。イチジクの木の下――それは、彼がひとりで祈り、神のことを思い巡らしていた場所だった。人に見られているはずのない、そのひそかな時を言い当てられたのだ。
ナタナエルは思わず口にした。「ラビ、あなたは神の子です。イスラエルの王です。」
イエスは微笑んで言った。「イチジクの木の下にいるのを見たと言っただけで信じるのですか。あなたがたは、これよりももっと大きなことを見ることになります。」
さらにこう言った。「はっきり言っておきますが、あなたたちは、天が開いて神の天使たちが上って行き、また下って来るのを人の子の上において見ることになります。」

それは、これから始まる出来事の大きさを示す言葉だった。
神と人とを結ぶ道が、今、目の前に立っている――そのことを、弟子たちはまだ完全には理解していなかった。

エリヤ再来の期待
当時のユダヤ人の間には、終わりの時に預言者エリヤが再び現れるという強い期待があった。
その根拠となっていたのは、旧約聖書の次の預言である。

マラキ書 4章5節
「見よ、わたしはあなたがたに預言者エリヤを遣わす。
エホバ〈יְהוָה〉の大いなる、そして恐るべき日の来る前に。」

エリヤは「つむじ風に乗って天にのぼった」と記録されており(列王第二 2:11)、死を経験せず神によって取り去られたと理解されていた。そのため多くのユダヤ人は、終わりの時にエリヤ本人が再び現れると考えていたのである。

この期待は民衆の間に広く浸透しており、後のユダヤ教では、過越祭の食卓にエリヤのための杯を置き、その到来を象徴的に待つ習慣さえ生まれた。そのため、荒野で力強く悔い改めを説くヨハネを見て、宗教指導者たちは彼がそのエリヤではないのかと確かめに来たのである。

挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。

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