第36話|主の祈り ~山上の垂訓⑥【はじまりに還る路】

小説

第四章 西暦三十一年

第一節 春

第四項 山上の垂訓

6.主の祈り

イエスの話は続く・・・

「そして、あなたがたが祈るときには、偽善者たちのようであってはなりません。なぜなら、彼らは会堂で、また大通りの角に立って祈ることを好むからです。人々に見られるためです。
まことに、あなたがたに言います。彼らは自分たちの報いを受け取っています。

しかし、あなたは祈るときには、あなたの奥の部屋に入り、あなたの戸を閉めて、隠れたところにいるあなたの父に祈りなさい。そして、隠れたところを見ているあなたの父は、あなたに報いてくださいます。

また、祈るとき、異邦人たちのように、同じ言葉を機械的に繰り返し続けてはなりません。なぜなら、彼らは自分たちの多くの言葉によって聞き入れられると思っているからです。それゆえ、彼らのようになってはなりません。
なぜなら、あなたがたの父は、あなたがたが彼に願う前に、あなたがたが必要としているものを知っておられるからです。

それゆえ、あなたがたはこのように祈りなさい。

『私たちの父よ、天におられる方よ。あなたの名が聖なるものとされますように。
あなたの王国が来ますように。
あなたの御意志が、天においてそうであるように、地上においても成りますように。
私たちのその日その日のパンを、今日、私たちにお与えください。
そして、私たちの負債をお赦しください。
私たちもまた、私たちの負債者たちを赦しましたように。
そして、私たちを誘惑へと導き入れないでください。
むしろ、私たちを悪い者〈πονηροῦ〉から救い出してください。』

 なぜなら、もしあなたがたが人々の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父も、あなたがたを赦してくださるからです。しかし、もしあなたがたが人々を赦さないなら、あなたがたの父も、あなたがたの過ちを赦してくださらないのです。

また、あなたがたが断食するときには、偽善者たちのように、陰鬱な顔つきになってはなりません。なぜなら、彼らは断食していることが人々に見られるために、自分たちの顔をやつれさせるからです。
まことに、あなたがたに言います。彼らは自分たちの報いを受け取っています。
しかし、あなたは断食するときには、あなたの頭に油を塗り、あなたの顔を洗いなさい。
人々に断食していることが見られないために、そうしなさい。
ただし、隠れたところにいるあなたの父には知られるためです。そして、隠れたところを見ているあなたの父は、あなたに報いてくださいます。」

群衆は、誰ともなく『ふぅ……』と静かに息を吐いた。イエスの話を聞き、深く考え込む。
「施しも、祈りも、断食も……人に知られないようにする……。」
少し眉を寄せ、目を伏せ気味にしながら誰かが呟いた。
「そうゆう立派なことは、むしろ人に知られるべきだと思っていたよ。」
「ああ、人に敬虔だと思われることまで、神への奉仕だと思っていた。」
「でも先生は、人に見せるためではなく、隠れたところにいる父に向かってするのだと言っている。」
「施しも、祈りも、断食も……先生は、同じことを教えているんじゃないか?」
「人にどう見られるかではなく、父が見ておられることが大切なんだ……。」

人は、人から称賛されたいと願う。そして、目に見えるもの、目に見える評価を、どうしても意識してしまう。
イエスの言葉は、そんな人間の心の奥にある思いを、自分たちが思い違いをしている「義」を少しずつ明らかにしていった。

そして、この先の話は、彼らがさらに自分自身の心と向き合うものとなる。

イエスの話は、まだ続いていた。

挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。

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