第38話|裁くこと――自分自身の目にある梁 ~山上の垂訓⑧【はじまりに還る路】

小説

第四章 西暦三十一年

第一節 春

第四項 山上の垂訓

8.裁くこと――自分自身の目にある梁

日がだいぶ傾いてきた。それでも、人々はイエスの話に引き寄せられるように、なおも耳を傾けていた。

「そして、裁いてはなりません。そうすれば、あなたがたも決して裁かれることはありません。というのも、あなたがたが裁くその裁きによって、あなたがたは裁かれることになるからです。
また、罪に定めてはなりません。そうすれば、あなたがたも決して罪に定められることはありません。

赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦されます。
いつも与えなさい。そうすれば、あなたがたに与えられます。
良い量りを、あなたがたの懐に押し込み、揺すり入れ、あふれるほどにして、彼らは与えます。
なぜなら、あなたがたが量るその量りによって、あなたがたにも量り返されるからです。」

イエスはさらに例えを話した。

「目の見えない人が、目の見えない人を導くことができるでしょうか。二人とも穴に落ちるのではありませんか。
弟子は師より上ではありません。
しかし、十分に整えられれば、みなその師のようになるでしょう。

では、なぜあなたは、あなたの兄弟の目にあるわらくずを見ているのに、自分自身の目の中にある梁には気づかないのですか。
また、あなたはどうして自分の兄弟に、『兄弟よ、あなたの目にあるわらくずを取り出させてください』と言うことができるでしょうか。
あなた自身は、自分の目にある梁を見ていないのに。」

―――「わらくず」と「梁」。
かつて大工であったイエスにとって、それはあまりにも身近なものであり、日常のものであった。
幼いころから耳にしてきた木を削る音や、舞い上がる細かな木くず。そして、仕上げられた大きな梁――。
否応なく目に入ってくる木くずを振り払いながら、お互いにその様子を笑い合った日もあったのだろう。
聞いている人々の中にも、幼い頃からイエスを知る者がいたなら、その言葉に、大工の少年の面影を重ねたかもしれない。

「偽善者よ。まず自分の目からその梁を取り出しなさい。そしてその時、あなたは見通すようになり、あなたの兄弟の目からそのわらくずを取り出すことができるでしょう。」

人々は顔を見合わせた。
「兄弟の目のわらくずがあったら、普通取ってやろうとするだろう。なぜダメなんだ?」
「そうじゃないだろう。」
「では?」
「自分の目を覆うほどのデッカイ梁が入ったままで、どうして人の目のわらくずをつまみ出せる?」
「……まず、自分の梁を取れ、ということか。」
「そうすれば、兄弟のわらくずも、きちんと見える。」
「そして、その時こそ……助けてやれる、ということだな。」

しばらく静かな時が流れた。

人々は、それぞれに自分の目にある「梁」を思い浮かべていた。
隣にいる者の顔を見ながら、さっきまで気になっていた小さな欠点が、急に些細なものに思えてくる。

ふいに誰かが呟く。

「ま、こちらがわらくずをとってやろうと手を差し伸べても、はねつける奴もいるけどな。」
「難しいよなぁ。相手にしてみれば、ただ自分の正しさを押し付けられたと感じることもあるだろうしなぁ。」

そんな中、イエスは口を開いた。

「聖なるものを犬たちに与えてはなりません。
また、あなたがたの真珠を豚たちの前に投げてはなりません。
そうでなければ、彼らはそれらを自分たちの足で踏みつけ、そして振り向いて、あなたがたを引き裂くかもしれません。」

挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。

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