第一章 メシアの誕生
第一節 西暦前二年
第一項 春
1.道を整える者の出現
場所 ユダヤの山岳地/ゼカリヤの自宅
それから一ヶ月ほど後、西暦前二年ユダヤ暦ニサンの月、現在の暦で四月上旬の頃、
エリサベツは待望の男の子を産んだ。エリサベツが主〈κύριος〉から受けたこの大いなる祝福は瞬く間に知れ渡り、近所の人々や親族が次々と訪れ、彼女と共に喜んだ。
八日目になった。当時のユダヤ社会では、男児は生後八日目に割礼を受けることが律法で定められており、その日に家族や近隣の人々が集まって儀式が行われた。割礼は神の契約の民であることを示す重要な宗教的しるしであり、しばしば子どもの名前が公に定められる場ともなった。
さっそく集まった親族たちは、この子の名前について話し合っていた。当時、父親や祖先の名を継ぐことが一般的であったため、やはり「ゼカリヤ」と呼ぶのがいいのではと話がまとまった。
その時である、その子の母親エリサベツは言った。「駄目です!この子はヨハネと呼ばれることになっているのです。」すると集まっていた人たちは言った。「どこからそんな名前が出てくるのだ。親族中探してもそんな名で呼ばれている人はいないぞ。」「なあ、ゼカリヤそうだろう。何とか言えよ。」「あ、悪い悪い、話せなかったな。」そして、その子を何と呼びたいかを父親であるゼカリヤに身ぶりで尋ねた。
ゼカリヤは何か物を書く仕草をしだした。「おい、誰か書き板を持ってきてくれ。」「はい、これ。」書き板がゼカリヤに渡された。人々の目はゼカリヤの手元に集中した。
人々が見守る中、ゼカリヤは「名前はヨハネ」と書いた。
皆はとても驚いた。その瞬間、ゼカリヤの口の束縛が解かれ、神(θεός)を賛美しながら語りだした。
近隣の人々は皆、畏れを抱いた。この一部始終はユダヤの山地一帯に知れ渡り、人々は聞いたことを心に留めて、「この子は、いったいどんな人になるのだろうか」と語り合った。主〈κύριος〉が、その子と共におられたからである。
ゼカリヤは聖霊(πνεῦμα ἅγιον)に満たされて、こう預言した。
「祝福されるべきかな、イスラエルの主(κύριος)、その神(θεός)は。というのも、彼は自らの民を顧み、彼らのために贖いを成し遂げたからである。
そして、ご自分に仕えたダビデの家系に救いの角が現れるようにしてくださった。
昔の聖なる預言者たちを通して語られた通り、私たちを、敵から、また私たちを憎む全ての者から救ってくださるのだ。
私たちの父祖たちに対して誠実であるがゆえに、聖なる契約を思い出される。
その契約とは、父祖アブラハムに誓われた誓いのことで、私たちを敵から救い出した後、私たちが恐れずに神聖な奉仕を行えるようにしてくだるのだ。私たちがいつの日も御前において忠実で正しくあるように。
そして、幼子よ、あなたもまた、至高者の預言者と呼ばれるだろう。というのも、あなたは主(κύριος)の御前に先立って進み、その道を整えるためである。そして、罪の許しによる救いについて民に知らせる。
私たちの神〈θεός〉の憐れみの内なる思いによって、その中において、高き所からの日の出が私たちを訪れるであろう。
暗闇と死〈θάνατος〉の影の中に座っている者たちに光を現すため、また、私たちの足を平和の道(すなわち神との関係の回復)へとまっすぐに導くためである。」。
その子は大きくなり、内には確かな力が育っていった。
使命を果たす時が来るまで、荒野でその時を待ち続けた。
本作に引用されている聖書の言葉・表現の着想は、King James Version(1769)、 SBL Greek New Testament(© Society of Biblical Literature, CC-BY 4.0)およびWestminster Leningrad Codex をもとにしており、翻訳補助に Google 翻訳等の機械翻訳ツールを使用しています。
挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。
© 2026 Yurika Shiohara
Text and illustrations
by Yurika Shiohara


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