第一章 メシアの誕生
第一節 西暦前三年
第二項 初冬
イエスの誕生の予告
場所 ナザレ
杖(王権)はユダから去らない。
また支配者(立法者)はその足の間(子孫)から去らない。
シロ〈שִׁילֹה〉が来るまで。
そして彼に、諸国民の従順がある。
〜創世記49章10節〜
さて、天使ガブリエルは、またも神から使わされて地上に舞い降りてきた。彼の行先は、ナザレというイスラエルの北部にあるガリラヤ地方の町である。
前回、祭司ゼカリヤの前に使わされてから六ヵ月が経っていた。季節は初冬、ユダヤ暦でキスレウのころであると思われる。現代の暦で十一月から十二月頃で、キスレウといえば、ユダヤ人にとって大事な祭りのひとつである「献納の祭り」がこの月の二十五日から八日間にわたって行われるが、その忙しく、活気のある祭りの準備で忙しいころであろうか。
ここナザレは下ガリラヤの丘に囲まれた盆地に位置し、当時栄えていた都市からはやや離れた、辺ぴな村である。地中海沿岸のプトレマイスへは徒歩で約七時間、ガリラヤ湖畔のティベリアへは五時間、エルサレムへはおよそ三日の距離である。夏も涼しく、冬の寒さもそれほど厳しくないこのナザレでは、さまざまな農耕が営まれている。見渡せば至る所にオリーブ畑が広がり、今は収穫の最盛期を過ぎたとはいえ、まだあちこちに熟した実が残っている。
そこに一人の女性がいた、名をマリアといい、ダビデの子孫のヨセフという男性と婚約していた。
天使は来て、言った。「喜びなさい!あなたは恵まれている人です。主〈κύριος〉はあなたと共におられます。」。しかしマリアはこの言葉にひどく戸惑い、このあいさつはどういうことなのだろうと考えた。天使は言った。「恐れなくてよいのです、マリア。あなたは神〈θεός〉のもとで恵みを見いだしたのです。そして見なさい、あなたは胎内で身ごもり、男の子を産みます。そしてその名をイエスと名付けなさい。この者は大いなるものとなり、至高者の子と呼ばれます。そして主〈κύριος〉なる神〈θεός〉は、彼に彼の父ダビデの王座を与えます。そして彼はヤコブの家を永遠に治め、その王国には終わりはありません。」
マリアは混乱した。わたしが男の子を産む?その子が王となる??まさかあのヘロデ王に代わって、このユダヤを治める者になるってこと?しかし気を取り直して天使に言った。
「どうしてそのようなことが起こり得ましょう。わたしは男を知らないのに。」天使は答えた。
「聖なる霊〈Πνεῦμα ἅγιον〉があなたの上に来て、至高者の力があなたを覆うのです。それゆえ、生まれてくるものは聖なるものと呼ばれ、神〈θεός〉の子と呼ばれるのです。あなたの親族のエリサベツを知っていますね。」
「はい。」マリアは いとこ のエリサベツを思い浮かべた。(※脚注)
天使は続けた。「実は、あなたの親族エリサベツもまた、年をとっているにもかかわらず男の子を身ごもりました。神〈θεός〉のもとでは、いかなる言葉も不可能にではないのです。今や、不妊と呼ばれていた彼女が六カ月目なのですよ。」
マリアは言った。「ご覧ください、わたしは主〈κύριος〉の奴隷でございます!あなたの言葉のとおりに、わたしに成りますように」。すると、天使は去っていった。
その後、マリアは急いでゼカリヤとエリサベツの住むユダヤの丘陵地に旅立った。およそ百キロあまりの三、四日かかる道のりである。
そして、ゼカリヤの家に入った。マリアがエリサベツに挨拶をするや否やエリサベツは聖霊に満たされ、声高く叫んだ。「あなたは女性の中で祝福された方、あなたのおなかの子も祝福されています!わたしの主〈κύριος〉の母が、わたしのところへおいでになるとは何と光栄なことでしょう。あなたの挨拶の声がわたしの耳に入るや、わたしのおなかの子は喜んで躍り上がりました。そして、信じたあなたは幸いです。主〈κύριος〉が語られた事柄は必ず成就するからです。」。
マリアはこう言った。「わたしの魂〈ψυχή〉は主〈κύριος〉を大いなるものとし、わたしの霊〈πνεῦμα〉は、わたしの救い主である神〈θεός〉にあって歓喜します。なぜなら、神はご自分の女奴隷の低さに目を留められたからです。見てください、今から後、すべての世代はわたしを幸いな者と呼ぶでしょう。なぜなら、力ある方が、わたしに大いなることをなされたからです。
そのお名前は聖なるものです。
神はその御腕において力を示し、高慢な者たちを散らされました。
支配者たちを王座から引き下ろし、低い者たちを高くされました。
飢えている者たちを良いもので満たし、富んでいる者たちを空のまま追い返されました。
神はその僕イスラエルを助け取られ、憐れみを記憶されました。
それは、わたしたちの父祖たちに語られたとおり、アブラハムとその子孫に対して、永遠に至るまでなのです。」
それからマリアは、エリサベツのもとにしばらく滞在することにした。
三カ月ほどが過ぎるころには、厳しかった寒さも次第に和らぎ、アーモンドの花が咲く季節となっていた。
時期としては、西暦前二年、現代の暦で言えば、二月下旬から三月上旬、ユダヤ暦ではアダルの月にあたると考えられる。
アダル十四日から十五日にはプリムの祭りがあり、ユダヤ人たちはそれぞれ自分の町に戻って祝うのが習わしであった。おそらくマリアも、この祭りに合わせて家へ帰ることにしたのかもしれない。
※脚注※ マリアとエリサベツの関係
原文συγγενίς(シュンゲニス)の意味は親族・血縁者・親戚というだけで、「いとこ」と断定する根拠は原文にはない。分かっていることは、マリアの父はユダ族で名をヘリということぐらいである。したがって、マリアはユダ族なので、レビ族のエリサベツとは部族が違うことになる。
伝承によれば、マリアの母親の名はアンナといいレビ族出身だったようだ。母アンナの姉妹の娘がエリサベツで、後に生まれるバプテスマを施す人ヨハネの母親になる。
この伝承が正しければ、エリサベツはマリアの「いとこ」であり、イエスとバプテストのヨハネは「はとこ」ということになろう。
本作に引用されている聖書の言葉・表現の着想は、King James Version(1769)、 SBL Greek New Testament(© Society of Biblical Literature, CC-BY 4.0)およびWestminster Leningrad Codex をもとにしており、翻訳補助に Google 翻訳等の機械翻訳ツールを使用しています。
挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。
© 2026 Yurika Shiohara
Text and illustrations
by Yurika Shiohara


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