第11話|四十日目―神殿にて【はじまりに還る路】

小説

第一章 メシアの誕生

第二節 西暦前二年

第二項 秋

2.四十日目 ― 神殿にて

それからおよそ一カ月後、マリアの清めの期間が満ちた。家の中でヨセフが言った。
「マリア、明日にはエルサレムへ行こう。律法に従って、神に犠牲を捧げなければならない。」

律法では、男の子を産んだ女性は四十日のあいだ汚れているとみなされ、清めの犠牲をささげることが求められていた。また、「長男は皆エホバ〈יְהוָה〉にとって聖なるもの」と定められており、初子を神にささげ、代価をもって贖わなければならなかった。

「マリア……体調はどう?ゆっくり歩いても、エルサレムまでは半日で着けると思うけど」
ここ、ベツレヘムから神殿のあるエルサレムまでは約十キロメートルの道のりである。
「ええ、大丈夫。もう十分、歩けるわ。きっと、もう少し早く着けそうよ。」
ヨセフは小さな籠を見つめた。中には、ヤマバト二羽が入っている。「本来なら羊をささげるべきだが……」
「これで十分です」マリアはやさしく言った。「主はわたしたちの事情をご存じです」
こうして二人は幼子イエスを連れ、エルサレムへ向かった。

神殿では、多くの人々が行き交っていた。
その中に、ひときわ深い祈りの表情をたたえた老人がいた。名をシメオンという。

「今日だ……」彼は小さくつぶやいた。「約束の方を、わたしは見る」
彼は、聖なる霊によって、主〈κύριος〉のメシア〈מָשִׁיחַ〉を見るまでは死なないと告げられていた。

彼は聖霊に導かれるように神殿へ入った。

そこへ、ヨセフとマリアが幼子を抱いて入ってきた。シメオンの目が、その子に留まった。
「その子を……少し、抱かせていただけますか」
ヨセフはマリアと顔を見合わせ、うなずいた。シメオンは震える手で幼子を抱き上げると、天を仰いだ。
「今や、主よ〈δέσποτα〉、あなたはあなたのしもべを、あなたのその言葉に従って、平和のうちに去らせておられます。私の目は救いの手段を見たからです。あなたの救いをあなたがすべての民の面前に備えられた。それは、異邦人への啓示の光、そしてあなたの民イスラエルの栄光です。」

その言葉を聞き、ヨセフとマリアは驚きに包まれた。「この方は……この子が何者であるかをご存じなの?」とマリアは小声で言った。シメオンは二人を祝福し、やがてマリアのほうをまっすぐに見つめた。
「この子が選ばれたのは、イスラエルの多くの人が倒れ、あるいは立ち上がるためであり、この子は非難の的になります。」マリアの胸がわずかに締めつけられる。シメオンは静かに続けた。
「……あなた自身の心も、長い剣で刺し通されるでしょう。だがそれによって、多くの人の本当の思いが明らかになります」
言葉の重みが、静かに空気を震わせた。

そのとき、ひとりの老女が近づいてきた。彼女は幼子を見た瞬間、目を輝かせた。
「この子……この子こそ!」その老女は両手を天に挙げ、神に感謝し始めた。
「主よ、あなたはついに救いを送ってくださいました!」
「あ・・あの・・」見ず知らずの老人たちからの相次ぐ祝福に戸惑いを隠せないでいる赤子の両親に気づき、老女は我に返った。
「ごめんなさいね。わたしの名前はアンナ。アシェル族のパヌエルの娘です。」
「今日は、たまたま神殿にいらしたのですか?」マリアは尋ねた。
「もう、ずっと毎日神殿に来ているわ。結婚して七年間夫と暮らしていたけど、やもめになってからは、昼も夜も神聖な奉仕をし、断食と祈願をして過ごしているのよ。もう、八十四歳になるわ。」
そして彼女は、神殿にいた人々に語りかけた。
「エルサレムの救出を待っている人たちよ、聞きなさい。この子がその方です!」
「女預言者アンナが何か言っているぞ」「待ち望んでいた方の到来?」人々の間でざわめきが広がっていく。

こうして、メシアの登場の知らせは、確実に広がり始めた。

挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。

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