第四章 西暦三十一年
第一節 春
第四項 山上の垂訓
7.天の宝――神に委ねて、今日を生きる
場所 ガリラヤ/カペルナウム付近の山
「あなたがた自身のために、地上に宝を蓄えてはなりません。
そこでは、蛾と腐食・食い尽くすものがそれを滅ぼし、また、そこでは盗人たちが壁などを掘り破って、盗みます。
むしろ、あなたがた自身のために、天に宝を蓄えなさい。
そこでは、蛾も腐食・食い尽くすものもそれを滅ぼさず、また、そこでは盗人たちが壁などを掘り破ることもなく、盗むこともありません。
というのも、あなたの宝があるところ、そこに、あなたの心もあるからです。
身体のともしびは目です。
それゆえ、もしあなたの目が単一で、純粋な目であるなら、あなたの身体全体は明るいものとなります。
しかし、もしあなたの目が悪い目であるなら、あなたの身体全体は暗いものとなります。
それゆえ、あなたの内にある光が暗闇であるなら、その暗闇はどれほどでしょう。」
イエスの言葉を聞いていた人々の間で一瞬戸惑いが広がった。
「自分の内にある光が、暗闇……?」
自分では「光」――「正しい」と思っているものが、神の前では「闇」かもしれない。
もしそうなら、その“光”は、どれほど深い“闇”なのか……。
人々は思わず自分の心に手をあてた。
「だれも二人の主人に仕えることはできません。
というのも、彼は一方を憎み、もう一方を愛するか、あるいは、一方にしがみつき、もう一方を軽んじるからです。
あなたがたは、神〈θεῷ〉とマモン〈μαμωνᾷ〉に仕えることはできません。
それゆえ、あなたがたに言います。
あなたがたの魂〈ψυχή〉について、何を食べるのかと思い煩ってはなりません。
また、あなたがたの身体〈σῶμα〉について、何を身に着けるのかと思い煩ってはなりません。
魂〈ψυχή〉は食物よりも、そして身体〈σῶμα〉は衣服よりも、大切なものではないでしょうか。
空の鳥たちをよく見なさい。
彼らは種をまかず、刈り入れもせず、倉に集め入れもしません。それでも、あなたがたの天の父は彼らを養っておられます。
あなたがたは、彼らよりもはるかに価値があるのではありませんか。
では、あなたがたのうち誰が、思い煩うことによって、自分の寿命に一ペキュスを加えることができますか。
(※一ペキュス〈πῆχυς〉は肘から中指の先までを基準とした古代の長さの単位で、約45cm前後である。)
そして、衣服について、なぜ思い煩うのですか。
野の百合をよく学びなさい。どのように成長しているかを。
彼らは労苦せず、紡ぎもしません。
しかし、あなたがたに言います。ソロモンでさえ、そのすべての栄光の中にあっても、これらの一つのようには身にまといませんでした。
しかし、今日存在していて、明日は炉に投げ入れられる野の草を、神〈ὁ θεός〉がこのように装ってくださるのであれば、まして、あなたがたをそうしてくださらないでしょうか。信仰の少ない者たちよ。
それゆえ、思い煩って、「何を食べようか」また、「何を飲もうか」また、「何を身にまとおうか」と言ってはなりません。
これらすべてを、諸国民は熱心に求めています。
というのも、あなたがたの天の父は、あなたがたがこれらすべてを必要としていることを知っておられるからです。
しかし、まず神の王国と、彼の義を求めなさい。
そうすれば、これらすべてがあなたがたに加えられるでしょう。」
それから、イエスは、人々を見回して、少し笑みを浮かべるように言った。
「それゆえ、明日について思い煩ってはなりません。
というのも、明日は自分自身について思い煩うでしょうから。」
人々の間から、くすっと笑いがこぼれた。
「明日のことを心配しても、明日は自分のことしか心配していない……ということか。」
「明日のことを心配してやっているのに、明日は、こちらのことなんてお構いなしだ…!」
人々は顔を見合わせ、ふっと肩の力を抜いた。
イエスは穏やかに続けた。
「その日の悪は、その日にとって十分です。」
人々の中で、重くのしかかっていた「明日」が、心なしか遠くなったように感じられた。
※脚注※ マモン〈μαμωνᾷ〉
アラム語・シリア語の「富・財産」に由来する語とされ、金銭や財産を意味する。
”マモン”と呼ぶことで、富を擬人化し、神〈θεῷ〉と並ぶ「主人」であることが表現されている。
本作に引用されている聖書の言葉・表現の着想は、King James Version(1769)、 SBL Greek New Testament(© Society of Biblical Literature, CC-BY 4.0)およびWestminster Leningrad Codex をもとにしており、翻訳補助に Google 翻訳等の機械翻訳ツールを使用しています。
挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。
© 2026 Yurika Shiohara
Text and illustrations
by Yurika Shiohara


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