第四章 西暦三十一年
第一節 春
第三項 十二使徒を選ぶ
場所 ガリラヤ/カペルナウム付近の山
ヨハネ、アンデレ、シモン、フィリポ、そしてナタナエルがイエスに従い始めてから、まもなく一年半になろうとしていた。
その間に、ヨハネの兄弟ヤコブが加わり、さらに収税人マタイも弟子となった。
イエスの名声はガリラヤ全域へ広がり、多くの人々が教えを聞き、病を癒してもらおうと集まって来るようになっていた。そして、いつしか弟子たちの数も大勢になっていた。
そんなある日の夜、イエスは一人、祈るために山へ登った。春風に草がさざめき、満天の星空が足元を照らす。
人々のざわめきから離れた山の上で、イエスは夜通し神に祈り続けた。
やがて東の空が白み始める頃、多くの弟子たちがイエスを探して山へやって来た。夜明けの冷たい空気の中、弟子たちは山の斜面に集まり、イエスが姿を現されるのを待った。
イエスは、群衆の前に姿を現すと、弟子たちのうち望ましい人たちを自分の所に呼び寄せた。
そして、その中から十二人を選び出され、その者たちを「使徒」と名づけた。
彼らが常にイエスと共にいるためであり、また彼らを派遣して宣べ伝えさせるため、また、悪霊どもを追い出す権威を持たせるためであった。
選ばれたのは、イエスが「ペテロ」と名付けたシモン。ゼベダイの子ヤコブと、その兄弟ヨハネ。この兄弟には、「雷の子たち」を意味する「ボアネルゲス」という呼び名が与えられた。
さらに、シモン・ペテロの兄弟アンデレ、フィリポ、バルトロマイとも呼ばれるナタナエル、マタイ、トマス、アルパヨの子ヤコブ、ヤコブの子でタダイとも呼ばれるユダ、カナナイ人シモン、そしてイスカリオテのユダである。この人は彼を引き渡して反逆者となった者でもあった。
イエスは選ばれた十二人を伴って山を下りて来られた。
眼下にはガリラヤ湖が広がっている。春の日差しを受けた湖面はまぶしく輝き、青空を映していた。
十二人は山を下りながら、時折互いの顔を見合わせていた。
漁師、収税人、国のあり方について強い信念を持つ者――育ちも考え方も異なる者たちである。だが今、自分たちは同じ使命のために呼び集められていた。
それぞれの表情には期待や決意、そしてこれから始まる新たな歩みへの高揚が浮かんでいたことであろう。
やがて一行は山腹の平らな場所へとたどり着いた。
そこには、すでに非常に大勢の人々が集まっていた。弟子たちだけでなく、ユダヤ全土、エルサレム、さらに遠くティルスやシドンの沿岸地方から来た人々までいる。
「すごい人数だな……。」ナタナエルが思わず声を漏らした。
群衆はイエスを見ると、どっと歓声を上げた。
その光景を見て、十二人は改めて自分たちの置かれた立場を感じた。つい先ほどまで数多くの弟子の一人だった自分たちが、今はイエスのそばに立っているのである。
そして群衆を見渡した。これほど多くの人々を惹きつける人物のそばにいることに、大きな可能性を感じていた。
彼らはまだ、自分たちの歩みが後の時代まで語り継がれることになるとは知らなかった。ただ、自分たちが選ばれたことへの驚きと喜びを胸に、その時を迎えていたのである。
※脚注※
「アルパヨの子ヤコブ」について
古代の伝承によれば、アルパヨをクロパという人物と同一人物とみなしているものがある。また、クロパはイエスの養父ヨセフの兄弟であったとも伝えられている。そうすると、アルパヨの子ヤコブという人物はイエスの”いとこ”ということになる。しかし、いずれも伝承や推測に基づくものであり、聖書に明記されてはいない。
「カナナイ人シモン」について
「カナナイ人」は民族名ではなく、アラム語で「熱心な者」を意味する語に由来すると考えられている。シモンは「熱心党員」であったとも言われるが確かな証拠はなく、単に信仰に熱心な人物を指す呼称だった可能性もある。
本作に引用されている聖書の言葉・表現の着想は、King James Version(1769)、 SBL Greek New Testament(© Society of Biblical Literature, CC-BY 4.0)およびWestminster Leningrad Codex をもとにしており、翻訳補助に Google 翻訳等の機械翻訳ツールを使用しています。
挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。
© 2026 Yurika Shiohara
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by Yurika Shiohara

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