第四章 西暦三十一年
第一節 春
第七項 イエスはメシアなのか
場所 ガリラヤ/ナインの町
その頃、バプテストのヨハネの身柄は、あいかわらず死海の東に位置するマケルスの要塞にあった。
牢を訪れた彼の弟子たちが、ヨハネに外の様子を伝えた。
「先生、ガリラヤでは、イエスが大勢の人を集めて、神について語っているそうです。山では、人々に幸いについて語り、神の国についても話していたとか。」
「それで?」
「カペルナウムでは、百人隊長の僕を癒やしたそうです。それだけではありません。ナインという町では、亡くなったやもめの一人息子を、生き返らせたとか。」
「あの方は多くの人に知られるようになっているのだな。」
「はい。イエスについての話は、ガリラヤだけでなく、ユダヤの各地にまで広まっているようです。」
彼の弟子たちが牢へ出入りできるよう、ヘロデの家令クーザが取り計らっていたのかもしれない。
クーザの妻ヨハンナも、イエスに仕える女性の一人となっていた。
「そうか……。」ヨハネは小さく息を吐いた。
投獄されたのは、秋の終わり頃だった。
あれから半年ほどが過ぎ、季節は春になっていた。
牢の小窓から細く差し込む一筋の光が、冷たい石の床の一角だけを、まぶしいほどに照らしている。
ヨハネは、じっとその光を見つめた。
「あのお方がメシアであることは、俺にも分かっている。」
しかし・・・メシアに関する聖書の預言全てをどのように実現するのだろう・・・・
イエスの活躍は聞き及んでいる。
しかし、メシアに関する預言はそれだけではない。
メシア―神に油を注がれた者―は、王となり、民を救い出す。
イエスは間もなく統治を始めるのだろうか。
そうなれば、自分は牢屋から解放されるのだろうか。
もしかすると、メシアによって成し遂げられると予告されていたすべてのことを完全に実現する、別の「来るべき方。」がいるのだろうか。
ヨハネはイエスの役割についてはっきり知りたいと思った。
ヨハネは弟子のうち二人を呼んだ。
「イエスのところへ行ってくれ。」
「何と尋ねれば?」
ヨハネは二人を見つめた。
「こう聞いてほしい。『あなたが、来ることになっている方ですか。それとも、ほかの方を待つべきでしょうか。』と。」
二人の弟子はうなずいた。
初夏に近い明るい日差しの中、彼らはマケルスを後にし、ガリラヤへ向かった。
その先には、イエスが待っている。
イエスのもとには大勢の人が集まっていた。
その人々をかき分けるようにして、ヨハネの弟子たちがイエスのもとへ近づいてきた。
「バプテスマを施すヨハネが、私たちをあなたのもとに遣わして、こう言っています。
『あなたは、来るべき方ですか。それとも、私たちは別の方を待つべきでしょうか。』」
ちょうどその時も、イエスは重い病気を含め、さまざまな病気の人や、邪悪な天使に取りつかれた人を大勢治していた。目の見えない人にも、視力を与えていた。
イエスは、ヨハネの弟子たちに穏やかに言った。
「行って、見聞きした事柄をヨハネに報告しなさい。
目が見えなかった人は見、足が不自由だった人は歩き、重い皮膚病の人は治り、耳が聞こえなかった人は聞き、死者たちは起こされ、貧しい人たちには良い知らせが告げられています。
そして、私につまずかない者は幸いです。」
弟子たちは、黙ってイエスの言葉を胸に刻んだ。彼らはヨハネのもとへ戻った。
「先生、イエスはこう言っていました。」ヨハネは、戻ってきた弟子たちの話を真剣に聞いた。
「そうか……。預言されていたことが、あの方によって実現しているのだな。」
イエスの活動が盛んになっても、ヨハネが牢から解放されることはなかった。
それでも、ヨハネの顔には、かすかな喜びが浮かんでいた。
自分の奉仕にも大切な意味があった――そのことを、彼は改めて確信したのだった。
ヨハネの使者たちが去っていくと、イエスは集まっていた群衆を見渡した。春の風が、足元を縫うように緩やかに吹き抜けていく。
「あなたたちは、何を見ようとして、荒野へ出て行ったのですか。風によって揺らされている葦ですか。
では、何を見ようとして出て行ったのですか。柔らかなものを身にまとった人ですか。
見なさい。柔らかなものを身に着けている人たち、華やかな衣服を着て、ぜいたくに暮らしている人たちは、王たちの宮殿にいます。
では、いったい何を見に出ていったのですか。預言者ですか。そうです。しかも、預言者をはるかに上回る人です。
この人について、こう書かれています。
『私はあなたの前に使者を遣わす。その使者はあなたの前に道を整える。』
皆さんに言いますが、これまでに生まれた人で、バプテストのヨハネより偉大な人はいません。
しかし、神の王国で最も目立たない者も彼より偉大です。」
イエスはさらに続けた。
「バプテストのヨハネの時から今に至るまで、人々は天の王国を目標にしてひたむきに努力しており、それを捉えつつあります。預言者の書と律法の全ては、ヨハネの時まで預言したからです。
そして、皆さんが受け入れるかどうかにかかわらず、彼が、『来ることになっているエリヤ』です。耳のある人は聞きなさい。」
その言葉を聞いた人々の間に、静かなざわめきが広がった。
徴税人の一人が、隣の男に声を潜める。
「俺たちは、ヨハネのバプテスマを受けたよな。」
「ああ。あの時、神の前で自分の罪を認めた。」
お互い顔を見合わせる。「神が正しいことを認めた、ってことだよな。」
「俺も、俺たちもヨハネからバプテスマを受けたぞ。」別の人々も口々に述べる。
一方、少し離れたところにいたパリサイ派の人や律法に通じた人たちは、黙ったままだった。
「あのヨハネからバプテスマを受けるなど・・・。」
「必要ない。われわれには律法がある。」
イエスの話は続いた。
「では、私は、この世代の人々を誰にたとえればよいでしょうか。そして、彼らは誰に似ているでしょうか。
広場に座って次のように叫び合う幼い子供たちに似ています。
『私たちはあなたたちのために笛を吹いたのに、あなたたちは踊らなかった。私たちは悲しみの歌を歌ったのに、あなたたちは胸を打たたいて泣かなかった。』
同じように皆さんは、バプテストのヨハネが来てパンを食べたりぶどう酒を飲んだりしないと、『彼には悪霊がいる』と言い、人の子が来て食べたり飲んだりすると、『見ろ、大食いで、ぶどう酒を飲む者、徴税人の友、罪人の友だ!』と言います。
しかし、知恵は、その行いによって義とされました。」
それからイエスは、強力な行いの多くをしても悔い改めが見られなかった町を非難し始めた。
「あなたに災いあれ、コラジン。あなたに災いあれ、ベツサイダ。
というのも、あなたたちの中で行われた力ある業が、もしティルスとシドンで行われていたなら、とうの昔に、粗布と灰の中で悔い改めていたでしょう。
ただ、あなたたちに言います。裁きの日には、ティルスとシドンにとって、あなたたちよりも耐えやすいでしょう。
そして、あなたも、カペルナウムよ。天にまで高く上げられるでしょうか。ハデス〈ᾅδης〉まで下るでしょう。
というのも、あなたの中で行われた力ある業が、もしソドムで行われていたなら、今日まで残っていたでしょう。
ただ、あなたたちに言います。裁きの日には、ソドムの土地にとって、あなたよりも耐えやすいでしょう。」
その時、イエスは言った。
「私はあなたをほめたたえます、父よ、天と地の主よ。
あなたがこれらのことを、賢い者たちや理解力のある者たちから隠し、幼子たちに明らかにされたからです。
はい、父よ。このようにすることが、あなたの前における喜び・良い意志となったからです。
すべてのものが、私の父によって私に引き渡されました。
そして、子を知る者は誰もいません。ただ父だけです。
また、父を知る者も誰もいません。ただ子と、子が明らかにすることを望む者だけです。」
イエスの言葉は続く。
「私のもとに来なさい、すべて、疲れている者、また重荷を負わされている者たちよ。
そうすれば、私はあなたたちを休ませます。
私のくびきをあなたたちの上に取りなさい。そして、私から学びなさい。
私は柔和であり、心において謙遜だからです。
そうすれば、あなたたちは自分たちの魂〈ψυχαῖς〉に休みを見いだすでしょう。
というのも、私のくびきは心地よく、私の荷は軽いからです。」
本作に引用されている聖書の言葉・表現の着想は、King James Version(1769)、 SBL Greek New Testament(© Society of Biblical Literature, CC-BY 4.0)およびWestminster Leningrad Codex をもとにしており、翻訳補助に Google 翻訳等の機械翻訳ツールを使用しています。
挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。
© 2026 Yurika Shiohara
Text and illustrations
by Yurika Shiohara


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