第四章 西暦三十一年
第一節 春
第四項 山上の垂訓
2.地の塩・世の光
場所 ガリラヤ/カペルナウム付近の山
「あなたがたは地の塩です。だが、もし塩が塩気を失うなら、その塩は何によって再び塩になるでしょうか。
もはや何の役にも立ちません。ただ外へ投げ捨てられ、人々によって踏みつけられるだけです。」
「そうだよな……。死海の塩って、石みたいなものが混じっているだろ。」
「ああ。塩気が抜けたら、残るのは役に立たないものだけだ。料理にも使えないしな。」
イエスの話は、人々の日々の暮らしにある身近なものばかりだった。その身近な出来事を通して、人々はこれまで気づかなかった新たな視点へと導かれていった。
イエスは続けた。
「あなたがたは世界の光です。山の上にある町は、隠れることができません。また、人々は、ともしびを灯して、それを穀物を量る升(ます)で覆ったりはしません。そうではなく、燭台の上に置きます。すると、それは家の中にいるすべての人を照らします。
このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。そうすれば、人々はあなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるでしょう。
わたしが律法あるいは預言者たちを廃棄するために来た、と思ってはなりません。廃棄するためではなく、成就するために来たのです。
まことに、わたしはあなたがたに言います。天地が過ぎ去るまで、律法から一つのヨータ(ι)も、一つの角(文字の小さな画)も、決して過ぎ去ることはありません。すべてのことが起こるまでは。
ですから、これらの最も小さい戒めの一つでも破り、そのように人々へ教える者は、天の王国で最も小さい者と呼ばれます。しかし、それを行い、また教える者は、天の王国で大いなる者と呼ばれます。
わたしはあなたがたに言います。もしあなたがたの義が、律法学者たちやパリサイ人たちの義にまさって豊かでないなら、あなたがたは決して天の王国に入ることはありません。」
群衆の間には戸惑いが広がった。
「律法学者やパリサイ人以上の義……。」
「あの人たちより正しく生きるなんて、私たちにできるのか……。」
しかしイエスは、その答えを語るかのように、続けて口を開かれた。
本作に引用されている聖書の言葉・表現の着想は、King James Version(1769)、 SBL Greek New Testament(© Society of Biblical Literature, CC-BY 4.0)およびWestminster Leningrad Codex をもとにしており、翻訳補助に Google 翻訳等の機械翻訳ツールを使用しています。
挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。
© 2026 Yurika Shiohara
Text and illustrations
by Yurika Shiohara


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