第二章 西暦二十九年
第二節 秋
第二項 悪魔からの誘惑
場所 ユダヤの荒野
人はパンのみによって生きるのではなく、
エホバ〈יְהוָה〉 の口から出るすべてのものによって
人は生きるのである。
〜申命記八章三節〜
その後すぐ、聖なる霊はイエスを荒野へと駆り立てた。イエスはその力に導かれるまま荒野の中をあちらこちらと行き巡った。
――昼は灼けつく陽光、夜は骨まで冷える風。岩陰には野獣の気配もある。その間、ただ一人、祈り、黙想し、何も口にしなかった。イエスも人の子である。日が重なるにつれ、身体は弱り、空腹は波のように押し寄せる。唇は乾き、視界が揺れる。
四十日が満ち、ついに強い空腹が彼を襲った。
そのときだった。
背後から、声がした。「神の子なら――」振り向くと、そこに立っていたのは誘惑者であった。
「これらの石に命じなさい。パンになるように、と」
足元には、ごろごろと丸い石が転がっている。まるで焼きたてのパンのような形をした石。イエスは石を一瞥すると、ゆっくりと顔を上げた。
「――『人はパンのみによって生きるのではない、むしろ 神〈θεοῦ〉 の口を通して出て来るすべての言葉によって生きる。』と書いてあります。」
次の瞬間、景色が変わる。
荒野の岩場は消え、石畳が広がる。
聖なる都、エルサレム。神殿の白い石壁が陽光を反射している。
気づけば、イエスは神殿の最も高い所に立たされていた。下を見れば、人々が豆粒のように動いている。
誘惑者がささやく。「もしあなたが神の子であるなら、飛び降りなさい。『神はあなたのために天使たちに命令を出し、あなたを守らせる。』と書いてあるではありませんか。」
風が高所を吹き抜ける。衣がはためく。
「大丈夫ですよ『天使たちはあなたを手に乗せて運び、あなたが石に足をぶつけないようにする』とも書いてありますから。」悪魔がけしかける。
イエスは静かに言った。「『あなたは、主〈κύριον〉あなたの神〈τὸν θεόν〉を試みてはならない。』とも書いてあります。」
さらに景色は変わる。
今度は、とりわけ高い山の上。
雲が足元を流れ、瞬く間に世界のすべての王国が広がる。ローマの壮麗な建物、東方の都市、海を越えた富と軍勢。
誘惑者は両腕を広げた。「このすべての権威と栄光をあげましょう。それは私に渡されている。私は与えたい者に与えることができるのです。たった一度、私を拝みなさい。それだけで、神があなたに約束している全てのものがあなたのものになります。」
その刹那、イエスは言い放った。
「立ち去れ、サタン。『主〈Κύριον〉なるあなたの神〈τὸν θεόν〉をあなたは拝み、そして彼のみにあなたは仕えるであろう。』と書いてあるのです。」
ついに悪魔は誘惑を終え、別の都合の良い時まで、イエスから離れた。
荒野には再び風の音だけが残り、張りつめていた気配が静かにほどける。
やがて天使たちが近づき、疲れ果てたイエスを支え、仕え始めた。
本作に引用されている聖書の言葉・表現の着想は、King James Version(1769)、 SBL Greek New Testament(© Society of Biblical Literature, CC-BY 4.0)およびWestminster Leningrad Codex をもとにしており、翻訳補助に Google 翻訳等の機械翻訳ツールを使用しています。
挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。
© 2026 Yurika Shiohara
Text and illustrations
by Yurika Shiohara


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