第二章 西暦二十九年
第一節 春
第一項 メシアの前触れ
場所 ユダヤの山地
それゆえ、あなたは知り、そして悟れ。
言葉が出ることから
――エルサレムを回復し、そして建て直すための――
メシア〈מָשִׁיחַ〉、君主まで、七週。さらに六十二週。
都市は再び広場と堀とをもって建てられる。しかしそれは時の苦難の中で。
そして六十二週の後に、メシア〈מָשִׁיחַ〉は断たれる。
そして彼には何もない。
そしてその都とその聖所を、来たるべき君主の民が滅ぼす。
その終わりは洪水の中に。そして終わりに至るまで戦い。定められた荒廃。
〜ダニエル九章二十五―、二十六節~
「見よ、わたしはわたしの使者を遣わす。そして彼は、わたしの前に道を整える。
そして突然、その主(あるじ)はその神殿へ来る――
あなたがたが求めているその方。
そして契約の使者――あなたがたが喜んでいるその方。見よ、彼は来る」
と、エホバ〈יְהוָה〉万軍は言われる。
〜マラキ三章一節~
見よ、わたしはあなたがたに、預言者エリヤを遣わす。
エホバ〈יְהוָה〉の大いなる、そして畏るべき日が来る前に。
〜マラキ四章五節~
時は西暦二十九年である。
初代アウグストゥスに続く第二代皇帝、ティベリウス帝の治世、第十五年。
イエスたち一家が暮らすナザレが属するガリラヤ地方はヘロデ・アンテパスが領地を治め、
ユダヤではポンテオ・ピラトが総督としてローマの権威を振るい、
ガリラヤ地方の北東に位置するイツリアとテラコニテ地方はフィリポが治め、
さらにその北方の地をルサニアが治めていた。
イエスが少年時代に大祭司であったアンナスすでにその座から解任され、娘婿のカヤファへと移っていた。
しかしアンナスの影は、なお神殿の奥深くにとどまっており、大祭司という公式の称号を持たなくなった後も、名誉大祭司またユダヤ教の聖職者階級の有力な発言者として大きな力と影響力を行使し続けた。ユダヤの宗教権力は、事実上この二人の手に握られていたのである。
ユダヤの民は、すでに幾世代にもわたって異邦人の支配に苦しんできた。
バビロン、ペルシア、ギリシア、そして今はローマ。
「いつになれば、救い主が現れるのか……」
人々はそうささやき合いながら、政治的な解放者を待ち望んでいた。
――その頃。
ゼカリヤの子ヨハネは、ユダヤの山地の東、荒れた傾斜地に身を置いていた。岩と砂ばかりの、不毛の荒野である。
ある朝、冷たい風が谷を吹き抜けた。
ヨハネは目を閉じ、じっと立ち尽くす。「主よ……あなたは何を望まれるのですか。」
そのときであった。
荒野の静寂を破るように、神の言葉が彼に臨んだ。
季節は春。
ニサンの月、今でいう四月の初め頃。
ヨハネは三十歳になっていた。
レビの家に生まれた者が、神殿で奉仕を始める年齢である。
しかし彼に与えられた務めは、石造りの神殿ではなかった。
荒野で叫ぶことであった。
ついに遣わされるときが来たのだ。主の前に先立って行き、その道を整えるために。
彼は光ではない。光について証しするために来た。
すべての人を照らす真の光が、世に来ようとしていた。
ヨハネはヨルダン川一帯を巡った。死海の北から西岸にかけて、人々の集まるところへと足を運ぶ。
川辺に立ち、彼は声を張り上げた。
「悔い改めなさい。天の王国は近づいた。」その声は人々の注目を集めた。
「まもなく、その統治者となられる方が現れる。」
とうとうメシアが到来するのだ!群衆の期待は高まる。
ヨハネはイエスについて証言し、罪の赦しを求める悔い改めのしるしとして、人々にバプテスマを授けた。
この人については、預言者イザヤがこう語っている。
「荒野において呼ばわる声がある。
『エホバ〈יְהוָה〉の道を備えよ。荒れ地に、
わたしたちの神〈אֱלֹהֵינוּ〉のために大路をまっすぐにせよ。
すべての谷は高く上げられ、すべての山と丘は低くされる。
曲がった所は平地となり、険しい所は谷となる。
そして、エホバ〈יְהוָה〉の栄光が現れ、すべての肉なるものは共に見る。
まことに、エホバ〈יְהוָה〉の口が語ったからである。』」
―イザヤ四十章三節―
ヨハネはラクダの毛の衣をまとい、腰に革の帯を締めていた。その姿は、かつての預言者エリヤを思わせる。
そして食べる物といえばバッタと野生の蜂蜜だった。
やがて、エルサレムからも、ユダヤ全土からも、人々がヨルダン川へ押し寄せた。罪を告白し、水に身を沈め、ヨハネからバプテスマを受けていた。
その中には、大勢のパリサイ派とサドカイ派の人々もいた。
その姿を見つけると、ヨハネは声を鋭くした。
「毒蛇どもの子孫よ、だれがあなたがたに、来ようとしている怒りから逃げるようにと示したのですか。
それゆえ、悔い改めにふさわしい実を作り出してください。また、心の中で『われわれはアブラハムを父として持っている』と思わないことです。
というのは、神〈ὁ θεός〉はこれらの石からでも、アブラハムのために子どもたちを起こすことができるからです。すでに斧は木々の根元に置かれています。良い実を作らないすべての木は切り倒され、火の中へ投げ込まれるのです。」
群衆が尋ねる。「では、私たちはどうすればよいのですか。」
ヨハネは答えた。「衣を二枚持つ人は、一枚も持っていない人と分け合いなさい。食べ物を持っている人も同様です。」
バプテスマを受けに来た徴税人が進み出た。
「先生、私たちは?」
「決められた以上を取り立ててはなりません。」
兵士たちも尋ねる。
「私たちはどうすれば?」
「だれからもお金をゆすり取ってはなりません。自分の給料で満足してください。」
川辺には、期待が満ちていた。
――もしかして、この人がキリストなのではないか。
三十年前、羊飼いたちが聞いたという天使の知らせを思い出す者もいた。
民は胸の奥で問い続けていた。
ヨハネは、なおも多くのことを説き勧め、民に良い知らせを告げ続けた。それは、神の子イエス・キリストについての良い知らせであった。
わたしたちは皆、彼の満ちあふれる豊かさの中で、この上なく惜しみない親切を受けたのである。
律法はモーセを通して与えられた。
しかし、惜しみない親切と真理は、イエス・キリストを通して現実となった。
これまで神〈θεός〉を見た者はいない。
だが、父の懐にいる、神のような独り子が、その方を明らかにしたのである。
預言者は語った。
「見よ、あなたがたが求めている主、あなたがたが喜んでいる契約の使者が――見よ、彼は来る」と。
あなたがたは本当に求めているのか。その方が来るとき、立ち得るのか。
光を求めると言いながら、光が来るとき、それを受け入れるのか。主を待ち望むと言いながら・・・・・。
契約の使者は来る。
しかしそれは、慰めだけではない。照らし、あらわにし、精錬する光でもある。
※ 人 物 関 係 ※
【ヘロデ・アンテパス】
ヘロデ大王と4番目の妻であるサマリア人マルタケとの子。
ガリラヤとペレア〔ユダヤとサマリアのヨルダン川を挟んで東側の地域〕の四分領太守。
異母兄弟ヘロデ・フィリポの妻ヘロディアを略奪婚。
この結婚を批判したのがバプテスマのヨハネであり、その結果ヨハネは処刑される。
【フィリポ】<ヘロデ・アンテパスの異母兄弟・四分領太守>
ヘロデ大王と最初の妻であるエルサレムのクレオパトラとの子。
イツリアとテラコニテの四分領太守。
【ポンテオ・ピラト】
ローマ帝国によるユダヤ・サマリア・イドマヤ地域の総督。
この地域は、もともとヘロデ大王の息子ヘロデ・アケラオが民族の長(エトナルケス)となっていた地域だが、西暦6年にアケラオが暴政により時のローマ皇帝アウグストゥスによって追放されたことを期に、この地方はローマ直轄地となり、総督が置かれるようになった。
【ルサニア】
アビレネの領主。
【ヘロデ・フィリポ】<四分領太守フィリポとは別人物>
ヘロデ大王と3番目の妻であるマリアムネ2世との子。妻ヘロディアを異母兄弟ヘロデ・アンテパスに略奪される。かの有名なサロメは妻ヘロディアとの間にできた娘。
【アンナス】
西暦6年か7年ごろ、シリアの総督クレニオにより大祭司に任命され、西暦15年ごろユダヤ総督グラトゥスにより解任された。アンナスは退任後も祭司階級の実力者として影響力を保ち、カヤファと並んで「祭司長」と呼ばれた。
【カヤファ】
アンナスの娘婿。西暦18年ごろ、ユダヤ総督グラトゥスによって大祭司に任命され、西暦36年ごろまで在任。
※用語説明 ※
四分領太守・・ヘロデ家の地方領主
総督・・・・・ローマ帝国が直接任命した属州総督
本作に引用されている聖書の言葉・表現の着想は、King James Version(1769)、 SBL Greek New Testament(© Society of Biblical Literature, CC-BY 4.0)およびWestminster Leningrad Codex をもとにしており、翻訳補助に Google 翻訳等の機械翻訳ツールを使用しています。
挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。
© 2026 Yurika Shiohara
Text and illustrations
by Yurika Shiohara


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