第13話|イエスの成長【はじまりに還る路】

小説

第一章 メシアの誕生

第四節 西暦十二年

第一項 春

イエスの成長

ナザレに戻ってからというもの、ヨセフは再び大工として忙しい日々を送っていた。
家の隣には小さな作業場。朝になると、木を削る音がコツコツと響く。
心地よい目覚ましだ。
「お父さん、これ何を作ってるの?」
作業場は木くずが舞い、床に敷き詰められた藁が歩くたびに指に絡まって、舞い上がる。
「また、目に入っちゃった。」涙目でイエスがのぞきこむ。
「垂木だよ。屋根を支える細木を一本一本ちゃんと測ってくみ上げないと、傾いてしまうからな」
家のなかでは、弟たちが取っ組み合いをし、外では妹たちの笑い声がはじける。

ヨセフとマリアには、イエスのほかに少なくとも六人の子どもがいた。
ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダ。そして少なくとも二人の妹たち。
にぎやかで、少し手狭で、決して豊かとはいえない暮らし。
けれども、家族で神を崇拝する習慣だけは、きちんと守られていた。

毎週の安息日には、皆そろって地元の会堂へ向かう。
「今日はどの巻物が読まれるかしら」マリアが小声で言う。
「耳をよくすまして聞きなさい。覚えておくのだ」ヨセフが子どもたちにささやく。

当時、庶民が自分用の聖書を持つことなどできなかった。
朗読のひとことひとことが、心に刻むべき宝であり、いかに覚えられるかが大切であった。

朗読が終わると、マリアは帰り道で子どもたちに問いかける。「さあ、さっきの預言者の言葉、覚えている?」
イエスが静かに答える。
「“彼らは害することもなく、滅ぼすこともない、わたしの聖なる山の全域において…”」
マリアはうれしそうに微笑んだ。
神のみ言葉ははこの家族の会話の中に、自然に息づいていた。

そして春が近づくと、家の空気は少し浮き立つ。
「もう、だいぶ温かくなりましたね」マリアが荷をまとめながら言う。
「ああ、過ぎ越しだ」
過ぎ越しの祭りには、毎年一家総出でエルサレムへ向かった。
丘陵地を越え、往復およそ三百キロ。年ごとに増えていく家族での長旅だった。

律法では、女性に参加の義務はなかった。
それでもマリアは、当然のように言う。
「わたしも行きます。主を祝うその日を、家族と共に過ごしたいのです」ヨセフはうなずく。
こうして一家は、歌いながら、祈りながら、都へと続く道を歩いていく。
素朴で、敬虔で、そして確かな愛に満ちた日々が、ナザレで静かに積み重ねられていた。

ヨセフとマリアは、イエスが奇跡によって生まれたことや、天使や預言者がイエスについて語った言葉を、イエスに話したことであろう。
ヨセフとマリアは、折にふれてイエスに語ったに違いない。
「あの夜のことを覚えているわけではないでしょうけれど……」
マリアは静かに言う。
「あなたは奇跡によって生まれたのです。天使が現れて、こう告げたのですよ。」
ヨセフも続ける。「預言者シメオンも言った。“この子は多くの人のために立てられる”と。」

幼いころからイエスは、じっと耳を傾けていた。
驚きも誇りも見せず、ただ深く、考えるようなまなざしで。
けれども、彼は聞いた話だけで満足することはなかった。会堂で朗読が始まると、身を乗り出すようにして聞いた。家に戻れば、思い出しながら言葉を口にする。
「お母さん、あの“エッサイの根から出る芽”とは、だれのことですか。」
マリアは少し息をのむ。「それは……救い主のことだと、言われています。」
「では、イザヤ書五十三章の
  “そして彼は、私たちの背きのゆえに刺し通され、私たちの咎のゆえに打ち砕かれた。
   私たちの平安のための懲らしめが彼の上にあり、
   そして彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。”
この彼とは誰のことを言っているのですか?」
ヨセフが静かに答える。
「それは、イザヤ書五十二章にでてくる“しもべ”のことだよ。異邦諸国の中で苦難を受けるイスラエル民族のことで、われわれの民族的受難を通して神の目的が成し遂げられるんだ。」

一世紀のユダヤ社会では、この “しもべ” の解釈は一様ではなかった。
少数ながら、この “しもべ” は民族全体ではなく “少数の義人” であり、彼らの苦しみが他者に祝福をもたらすというという理解もあった。
しかし、この “苦難のしもべ” の預言を “メシア” に当てはめる、つまり「苦しみ、死ぬメシア」という理解は一般的ではなかった。この時代において、主流のメシア期待は、ダビデの子としての王、ローマを打ち倒す勝利の支配者という「栄光のメシア」像だったのである。

イエスはヨセフに説明に耳を傾けた。しかし、さらなる問いを重ねる――。
イエスは当時のラビ(律法教師)たちの教えだけで満足せず、自分でも聖書をよく学んでいた。とくにメシアに関する預言は、徹底して確かめ、調べ、比べ、心に刻み込んだ。

さて、イエスが十二歳になった年のことである。イエスはすでにそのころまでには、神が自分の本当の父親であることをはっきり理解していた。
その年の春、一家はいつものように、祭りの習慣に従ってエルサレムへ上っていった。

先頭を歩くのは、ややあどけなさを残しつつも、すっかり大人な顔つきになったイエス。
その後ろを、年の近い弟たち、さらに幼い子どもたちが続く。いちばん下は、まだ五歳ほどだろうか。少なくとも七人の子どもたちを連れての旅路である。

「ヨセフ、下の子供たちが、ちょっと疲れてしまったみたい」
「どれどれ、じゃあ、ちょっとだけ抱っこしてやるか」
「え、ずるいよ、ぼくも!!」年長組の子供たちが口をとがらす。ヨセフとマリアは顔を見合わせて、思わず笑う。にぎやかで、ハプニングだらけだ。それでも、祭りへ向かう道は喜びに満ちていた。

エルサレムへ上るときには、親族や知人と連れ立つのが常である。道中は、歌声と、子どもたちのはしゃぐ声が入り混じる。
「ほら、イエス、道を間違えないようにね」
「すっかり覚えていますよ、お母さん」

その列の中に、もしかすると、後に弟子となる二人の少年の姿もあったかもしれない。
ヤコブとヨハネである。
「兄さん、エルサレムはもう見えるかな」「まだだよ、ヨハネ。もう少しだ」
この二人は、ゼベダイとサロメの子であった。
聖書ではたいていヤコブの名が先に挙げられているから、兄はヤコブなのだろう。サロメは、イエスの母マリアの姉妹かもしれないと言われている。
もしそうなら——
「じゃあ、僕たちは従兄弟になるの?」
「そういうことになるね」子どもたちの間で、そんな会話が交わされていたかもしれない。

ゼベダイは、ガリラヤ湖畔の町カペルナウムに住む漁師であった。
ナザレからおよそ四十キロ北東。湖に面したその町では、漁業が盛んである。
ゼベダイは幾人もの雇い人を抱える、しっかりした家業の主であった。ヤコブもヨハネも、不自由のない家庭で育ったに違いない。
だが、彼らの家の豊かさは、それだけではなかった。
夕暮れ時、家族が食卓を囲む。ゼベダイが暗唱した神のことばを述べると、皆静かに聞き入る。
「主を愛し、心を尽くして仕えなさい」
「はい、お父さん」
ゼベダイとサロメは、神への崇拝に熱心であり、子どもたちをみ言葉の教えに沿って育てていたのである。

こうして、祭りへ向かう道には、後に歴史を動かすことになる少年たちが、まだ無邪気な顔で並んで歩いていた。

祭りが終わり、人々はそれぞれの故郷へと帰り始めた。にぎやかな巡礼の列が、再びガリラヤへと向かって進んでいく。
ヨセフは前の集団に目をやり、マリアは自分の目の前を歩く小さな子どもたちを気にかける。
「イエスは、サロメたちのところにいたわよね?」
「さっきヤコブたちと一緒にいたぞ。」大勢での旅である。少年たちは親族や知人の間を行き来していた。
両親は、当然どこかの一団にいるものと思い、気づかぬまま一日の道のりを進んでしまった。

夕暮れになって、ようやく——
「……イエスは、どこ?」「こちらにはいないぞ」親族や知人の間を尋ね回る。
「あなたのところに来ていませんか?」「いや、見ていない」「さっきまで一緒では?」
ざわめきが、不安へと変わる。
「エルサレムに……戻りましょう」マリアの声は、すでに震えていた。

二人は来た道を引き返し、都の中を捜し回った。市場、宿屋、親族の滞在先——どこにもいない。

一日。

二日。

そして三日目。

神殿の広い回廊の一角に、人だかりができていた。「……あれは?」輪の中心に、少年が座っている。
イエスである。
彼は律法教師たちの真ん中にあって、落ち着いた様子で話を聞き、時に問いかけていた。

「先生、その解釈ですと、あの言葉と矛盾しませんか」
「……何?」
「預言者は、こうも語っていますが——」
その問いは、子どもの無邪気な好奇心とはまるで違っていた。筋道を立て、核心を突く。教師たちは顔を見合わせる。「この子は……いったいどこの学び舎の出か」
議論は白熱し、ついには教師の一人が声を荒らげた。
「何も分からない子どもが、律法の解釈に口を挟むでない!」
しかしイエスは静かに答える。「ですが、わたしは書いてあることから分かることをそのまま述べているだけです。」
周囲で聞いていた人々は、思わず息をのんだ。
「なんという理解力だ」「答えが明晰だ……」ざわめきは、驚嘆へと変わっていった。

その様子を当時の大祭司であったアンナスはどう見ていたのであろうか。
彼は後に、イエスの死に深く関わることになる人物である。

神殿で、ついにイエスを見つけたとき——両親は、安堵よりも先に驚きが込み上げた。
「イエス!」マリアが駆け寄る。「どうしてこんなことをしたの。お父さんもお母さんも、どれだけ心配したと思うの。必死に捜したのよ」
ヨセフも、厳しい顔をしている。三日間の疲労が、そのままにじんでいた。
ところが、イエスのほうが不思議そうに目を上げた。「……どうして、捜されたのですか?」
その言葉に、二人は一瞬、言葉を失う。
イエスは続けた。「わたしが父の家にいるはずだと、思われなかったのですか」

神殿を「父の家」と呼ぶ、その静かな確信。
マリアもヨセフも、イエスの誕生が奇跡によるものであったことを知っている。
天使の告知も、羊飼いたちの証言も、胸に刻んでいる。
幼いころから、イエス自身にもそのいきさつを語ってきた。

——この子は特別な使命を持っている。
救い主となる。
神による王国の支配者としての役割を果たす・・・。

それでも。
目の前にいるのは、まだ十二歳の息子だった。
「……どういう意味なのかしら」マリアは小さくつぶやく。
二人は、イエスの言葉の真意を、まだ十分には理解できなかった。

やがて三人はナザレへと下っていく。今度は、イエスも列の中を静かに歩いていた。
ようやく我が家に着いた。「お父さん、こちらの荷物はぼくが片付けます」「ああ、頼む」
それからの日々、イエスは両親に従い続けた。
マリアは、天を仰ぎながら、イエスにまつわるすべてのことに思いを馳せていた。
過去のこと、今のこと、そして将来―

イエスは成長していく。
背も伸び、声も変わり、知恵も深まる。
「あの子は本当に賢い」「とてもやさしくて、頼りになる」神からも、人からも、好意を受けながら。
やがて、長男としての責任が、現実の重みをもってのしかかる。
「イエス、木材を押さえてくれ」「はい、お父さん。あ、木材も調達しなくてはいけませんね」
ヨセフの仕事場には、木の香りが満ちている。削る音、打つ音、汗のにおい。イエスは真剣な眼差しで、ひとつひとつの作業を覚えていった。

やがて——

「イエス?あ、ナザレの大工の息子か。あのヨセフって奴は腕がいいんだ」
「いや、あの若者もなかなかだぞ。もう、立派な大工だ」そう言われるようになる。

しかし、ある日。ヨセフが世を去った。
「……お父さん」イエスは深く悲しんだ。自分を育ててくれた養父。その背中を追い続けた日々。
だが、立ち止まるわけにはいかなかった。
母がいる。
まだ幼い弟や妹たちがいる。
「わたしが、やらなくては・・・」家業を継ぎ、朝から晩まで働く。重い木材を運び、手にまめを作り、夕暮れには疲れ果てて座り込む日もあった。

神の子が、
家族を養うために汗を流す。一日働いて、くたくたになる。生活のために、ひたすらに手を動かす。
その現実を、イエスは身をもって知ったのである。彼はまず、ひとりの息子として、兄として、家族を支える者となっていた。

やがて訪れる神からの使命に身を捧げる前に――。

挿絵・ビジュアル制作には、ChatGPT および Google Gemini を使用しています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました